怪我の回復と自己効力感の関係性

Yusuke Mori
EQSPORTS代表 森裕亮
EQSPORTS代表 森裕亮

怪我により悩みを抱え、気持ちを大きく落としてしまうアスリートも多くいます。しかし、怪我の回復には肉体の損傷レベルだけでなく、精神的なダメージレベルも大きく影響していると言われています。

長期離脱を強いられるような大きな怪我による精神的ダメージは、本人でも気づかないうちに多くの心理的負担を自らの心にかけてしまっているケースがよくあります。

そして、こういった精神的に負ったダメージというのは怪我の回復速度にもにも大きな影響を与えます。

この記事では、そんな選手自身の精神状態と怪我の回復速度との関係性について解説します。

怪我からの早期復帰を望む選手や怪我により陥ったメンタルヘルスのマネジメント策を事前に知っておきたいという方は、是非ご参考にしてください。

怪我をしたアスリートを襲うメンタルリスク

ここでは怪我をしたアスリートのメンタル面に実際に起こる具体的な事例について解説します。

モチベーションの低下

競技へと精力的に取り組んでいたアスリートが、大きな怪我により「何もする気が起きない」といったような意欲や熱量を消耗することは多くあります。これは「学習性無力感」「無気力症候群(アパシー・シンドローム)」「燃え尽き症候群(バーンアウト)」などと呼ばれ、心身が極度に疲弊した状態や理想と現実とのギャップに悩むことで起きやすく、症状レベルによっては日常生活にまで影響を及ぼします。

これらは、復帰までの期間が長期及ぶ十度の怪我を負った時の受傷時から復帰までの間に経験することが多い精神的な疾患です。また、怪我を再発してしまうことへの恐怖から、「以前と同じような感覚でプレーができない」といった競技復帰の障害となることも珍しくありません。

「学習性無力感」「無気力症候群(アパシー・シンドローム)」「燃え尽き症候群(バーンアウト)」に陥ることで精神的に落ち込んだ際は、「コミュニケーション不全」「情緒の不安定感」が起き、他者に対して攻撃的な態度や冷たい対応をとってしまうといった傾向も見られやすくなります。これを専門用語で「脱人格化現象」と呼びます。

これは、自らの精神的な更なる消耗を防ぐための防衛機能として無意識に起こる現象ですが、怪我によりこの症状が酷く出る場合などは、対人関係をはじめとする日常生活にも大きな影響を及ぼすことがあります。

自己肯定感の低下と競技活動への抵抗感

人生を賭けて競技へと取り組んでいるアスリートの場合、その多くが「スポーツ選手であること」を自らの強いアイデンティティーとして保有しています。しかし、怪我により「アスリートとして活動できない自分」という状況に陥ることで自身のアイデンティーが奪われてしまうと、「自分には価値がない」などといったような感覚(アイデンティティ・クライシス)に陥ってしまうことも珍しくありません。

そして、長期的な離脱につながる怪我による精神的ショックを受けると、競技を行うことそれ自体から一時的に目を背けてしまうこともあります。さらには、「もう以前のように満足できる競技パフォーマンスが発揮できないかもしれない」「こうしている内にライバルたちに置き去りにされている」といった復帰に対する焦燥感や不安、自信の低迷を感じることも多い事例です。

こうしたマイナスな感情から自らを守るために、競技から離れてしまう、一線から退いてしまうアスリートも実際には多くいます。

自己効力感について

「自己効力感(セルフエフィカシー)」とは、「自分には能力がある」という実感のことをいいます。この自己効力感が高ければ高いほど、自らが定めた目標に対して継続した努力を行えるようになることが多くの研究により分かっています。

そして、実はこの自己効力感は怪我をはじめとする様々な挫折からの復帰に対して大きく影響を及ぼします。ここではそんな自己効力感について詳しく解説します。

自己効力感を生み出す4つの要素

自己効力感を提唱したカナダ人心理学者であるアルバート・バンデューラによれば、自己効力感を生み出す要素には大きく分けて

  • 達成経験
  • 社会的説得
  • 代理体験
  • 生理的感情的状態 

の4種類が存在するといいます。

はじめに、「達成経験」とは、自らが定めた目標を達成した成功体験により自らの能力を認知するというものです。これは、中長期的な努力により困難な課題を達成することで大きな効果が得られます。

次に「社会的説得」とは、他者からプラスの評価を積み重ねることで自らの能力や社会的価値を自覚し、自信の獲得に繋がるというもです。

三つ目の「代理体験」とは、他人の成功や努力する姿を目で見たり、そのエピソードを聴いたりし、それを自分自身と重ね合わせることで、自分の能力を信じるようになるというものです。例えば、自分と同じような怪我をした人が回復し、復帰後に成功をしたといった姿を見たり、エピソードを知ることで、自身の未来への可能性に希望を持ち、前向きなイメージ形成をすることに繋がります。

最後の「生理的感情的状態」とは、本人の体調や気分がダイレクトに自己効力感へと影響を及ぼすという考え方です。

例えば、気持ちがポジティブである気力・体力ともに余裕のある状態だとチャレンジへのハードルを低く感じ、多少の困難にも前向きに対応できたという経験をしたことがある方も少なくないのではないでしょうか。

このように、生理的な側面から見た健康状態が直に自己効力感に影響を与えているのです。

怪我の回復と自己効力感の関係性

近年の臨床心理の研究などから、自己効力感の高さは怪我の発症率とその回復率にも大きな影響を与えるということが分かりはじめています。G

Piussi etal.2022では(※Greater Psychological Readiness to Return to Sport, as Well as Greater Present and Future Knee-Related Self-Efficacy, Can Increase the Risk for an Anterior Cruciate Ligament Re-Rupture: A Matched Cohort Study:本記事最下部にも参考文献あり)、心理面を幸福に保つための会話を理学療法士とともに定期的に話し合った患者は、前十字靭帯の再断裂率が低下した可能性が示唆されています。

このように自己効力感を向上させることは怪我の回復だけでなく、怪我の再発防止に対しても好ましい影響を与えるようです。

怪我によるネガティブな感情は自己効力感を高めて予防しよう

自己効力感の向上は、怪我の克服や競技への復帰の手助けに繋がります。

自己効力感の向上には、アスリート自身の意識的な努力ももちろん重要ですが、アスリートの周りにいる人たちからのサポートも大きな意味を持ちます。

特に、先に紹介した「社会的説得」による自己効力感の高まり、さらには「生理的感情的状態」の維持により自己効力感を高めたい場合は、そのための環境構築、さらには周囲からのサポート体制は非常に重要です。

まとめ

競技種目に関係なく、シーズンを通じ辛い怪我を経験してしまう選手は数多くいます。

どんなに最新の注意を払っていても、怪我は防ぎようがありません。そして、人生を賭けて競技へと取り組んでいたアスリートにとって、大きな怪我と向き合うその長い時間は決して心地のいいものではないでしょう。

しかし、今回の事例から選手自身の自己効力感を高めることにより、怪我による精神的な落ち込みを未然に最小限に防ぎ、さらには復帰に向けての準備を早期から前向きに進めていくことが可能となります。

そのため、怪我をした時にこそ「今がさらに自分を強くするためのチャンスだ」とスイッチを切り替え、前向きに復帰に向けての一歩を踏み出すことが重要なのかもしれません。

その際に、精神的なスイッチの切り替えにパワーや時間がかかるようなら、周囲のサポートを積極的に活用し、自己効力感の向上を支援してもらうことを選択することも大切な視点かと思います。是非、ご参考までに本記事をご活用ください。

参考文献

スポーツ復帰への心理的準備態勢が高いほど、また現在および将来の膝に関する自己効力感が高いほど、前十字靭帯再断裂のリスクが高まる可能性がある: マッチド・コホート研究(Piussi etal.2022)/Greater Psychological Readiness to Return to Sport, as Well as Greater Present and Future Knee-Related Self-Efficacy, Can Increase the Risk for an Anterior Cruciate Ligament Re-Rupture: A Matched Cohort Study(Piussi etal.2022)

ABOUT ME
森 裕亮 – YUSUKE MORI
森 裕亮 – YUSUKE MORI
CEO / FOUNDER
学生時代に心理学の魅力に惹かれ、20代前半に一時単身渡米。心理学やコーチングを深く理解することを追い求め、一つの流派にこだわることなく国内外で複数のコーチング理論を学ぶ。その後、“「あらゆる国」の「あらゆるアスリート」に最高のスポーツ教育を提供する。”をミッションに掲げ、『EQ SPORTS』を設立。人生最大の目標は、スポーツと健康のイノベーションで世界をより良く変えていくこと。
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